月影に仄見る素意
〇〇七 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも (阿倍仲麻呂)
森を抜けた先の一本道。
静かな道に、二人の足音だけが聞こえる。少し冷たい風が、時々少女の髪をくすぐる。
空高く浮かぶ美しい月。視界の端にその姿を捉えた少女は、歩くのを止めてぼんやりと眺めた。
「どうした?」
隣を歩いていた男が、立ち止まる少女に気が付き振り返る。少女はぼんやりとしたまま、ふっと微笑む。
「月が、綺麗ね」
少女の瞳が、月の光を映しだしているかのように輝いている。男は見惚れそうになり、軽い調子でにやりと笑う。
「もしかして俺、口説かれてるんで?」
その言葉に、少女は呆れた顔をして視線を男に移した。
月の光を受けていた少女の瞳が元に戻り、男は何故か少し安心感を覚える。
少女は男を置いていくようにして歩き出し、呆れたように、しかしどこか柔らかい声を男に向ける。
「馬鹿ね。そんなわけないでしょ」
「残念」
「思ってもいないことは言わないで」
思ってるんだけど、なんて言葉は胸に仕舞い込む。
少女の様子が、やっぱりどこかいつも通りではない。これも月の所為だろうか。
「……少し、故郷を思い出したの」
「故郷を?」
頷く少女は前を歩いていて、男からは表情が見えない。
少女の後ろ姿から目を逸らし、男は歩きながら月を眺めてみる。
「……帰りたいか?」
「ええ」
即答されるとは思っていなかったのか、男はぎょっとしたように少女に視線を戻す。
少女は悪戯っぽく男を見ていた。
「でもまだ帰らない。あなたと一緒に、成さなくてはならない使命があるから」
そうでしょ? 少女は柔らかく微笑む。
その言葉に、男は腰に下げている剣に手を添える。肩を竦め、そして少女の隣に足を進める。
「できるかぎり、早く帰れるようにする」
「あなたには無理よ」
「……信用ねぇな」
「信用してるからこそよ。あなただけじゃ駄目。私と一緒じゃないと駄目なの」
少女の言葉に、男はむず痒いような気持ちで目を泳がす。
この少女は、よくこうして真っ直ぐな言葉をぶつけてくるのだ。
「あいよ。期待してるぜ、姐さん」
「誰が姐さんよ」
「おっとすまねぇな、嬢ちゃん」
「撃つわよ」
睨む少女に、男は楽しげに笑う。
一本道を照らす月の光は、二人の未来を導く鍵となる。
そんな想いを秘める二人の影が、細長く道から逸れていった。
百人一首アンソロジー さくやこのはな 参加作品
〇〇七 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも (阿倍仲麻呂)